医療コラム「4人目のドクター」

 母が眼科に通っている。思えば今の病院に通院するまで、近所の眼科にはじまり、紹介、ネット、知人の口コミ……と、病院を探して漂流していた。
1件目も2件目も、診断は「異常なし」。でも、やっぱり何かおかしい。めげずに病院を探すその聞も異常は静かに進行し、ついに3件目で『黄斑前膜変性症』という病名を告げられた。大阪市内の新しい医療モールに入ったそのクリニックで、3人目のドクターが母に告げたのは「失明まで時間の問題です」という短い言葉だった。

「先生、治す方法はないんですか」
「ありませんね」

それから、あんなに気丈に明るく振舞っていた母が、しおれたように元気をなくしてしまった。そして、二度とそのクリニックへ行くことはなかった。

人は、治療はもちろん、病気でないことを確認するためにも、病気にならないためにも病院へ行く。「痛みやつらさをやっとわかってもらえた」、それだけでラクになることもある。
心療内科医のセミナーを受けたとき、「病院選びは医者選びだ」というとを大学教授に教わった。設備や技術や実績はもちろんだけれど、「このドクターは苦手だと思ったら、さっさと病院を替えればいい。相性は人によって違うのだから、他人に遠慮はいらない」と。確かに、患者の側だって人それぞれ、いろいろなタイプがいる。病名を付けて欲しい人、病気でないことがわかればそれでいい人、薬をもらえばそれでいい人、きちんと説明を受けたい人、自分の話をただ聞いて欲しい人、自分のことはあまりしゃべりたくない人……。

治らないなら、手術はしない。それだけを心に決めて、母は4件目の病院を探して行った。そこで出会ったドクターは、初めての診察の後、母に怒った。「なんでこんなに進行するまで放っておいたんや……。今まで何をしてたんや!」と。「どうもおかしい」、そう思って最初の病院に行ってからすでに2年が経過していた。ドクターのあまりの剣幕に何も言えなくなり、母は「すみません」と小さくあやまった。

自分の体の主役は、自分だ。誰より、自分が一番よくわかっている。「恐いけど、あんなに心配してくれた先生は初めてかもしれない」と、母はそれから4人目のドクターのところに通っている。片目はすっかり歪んだ世界になってしまったけれど、今も失明することなく、機嫌よく毎日を過ごしている。

(了)

※文:真柴マキ(ウエルネスジャーナリスト)/2010年情報誌掲載