快適研究コラム「恐怖のカ・イ・ダ・ン」

 きっと、かなりの健脚か、アスリートが設計したに違いない。それも徹夜だってへっちゃらで、疲れなど感じたこともない、30代か、もしや20代か。でなければ、なんでこんなに急勾配で長いのよ……と、見下ろすたびにうらめしく思ってしまう。

階設で悪戦苦闘しているお年寄りを「年を取るって大変だなあ」と、完全に人ごとの目で見ていた。ところがある目、駅の階段を降りていると、左膝が抜けるような違和感があった。痛みはないので放っておいたら、忘れたころに、また同じ感覚があった。だんだん頻度が増し、ずいぶん後になって別件で行った病院でついでに診てもらったら「膝、かなり悪いですね、過去に怪我とかスポーツで痛めましたか」。
そんなはずは……いや、あった。忌まわしいあの事件が。

数年前の冬の夜、後ろからスススーッと音もなく近寄ってきた自転車に追い越されざま、いきなり突き倒された。アスファルトに両膝を強打して「あっ!」と思った時には鞄はかっさらわれ、自転車はビューンとはるか前方に消えつつあった。
子どものように血だらけになった両膝の傷は、痛みは相当だったけれど骨には至らず、やがて回復した。「なるほど、これが全治2週間か」などと悠長に観察していたその怪我に、後遺症がやってきたのだ。

かくして30代にして「階段恐怖症」の仲間入りをすることになった。特に下りが弱い。しかもエスカレーターは上りだけという駅が結構多く、エレベーターはといえば、ラッシュ時の混雑を避けるためか、たいていう~んと端っこに設置されていて、遠いのだ。健康な人が設計したバリアフリーなんて、とても使えないことを実感した。

しかしよく見渡してみると、カワイイ靴でつらそうに階段を下りる女性たちが結構いる。あなどるなかれ、階段は全体重を膝で支える究極の上下運動なのだ。

顔は突然のように老けるけれど、体は突然悪くなるものではないらしい。それは動物も同じで、長崎ペンギン水族館を取材した時、ペンギンがのびのび快適に暮らす秘訣を館長さんに尋ねたら「よーく観てあげることですよ」とおっしゃっていた。「悪くなってから治すのは大変です。不調は必ずどこかに出ているから、それを見過ごさないことです」。ペンギンだって体調が悪いと顔色が悪くなるし、足裏にできやすい病気は初期の段階で歩き方に表れる。そういえばあの怪我の後、左足首や鼠蹊(そけい)部、腰に、度々違和感を感じることがあった。

せっかくのサインなのに、見過ごしてしまっては何にもならない。とくに体に関しては「気のせい」はいけないのだと、今さらだけれど反省している。

(了)

※文:真柴マキ(ウエルネスジャーナリスト)/2010年情報誌掲載