自分の発言に、手に汗を握る

自社発行していた情報紙のエリアは
日本一長い商店街や卸売市場、小売店、業務スーパーなど
数々の商店がひしめきあう商業地域でもあった。

繁華街にある小さな路地のひとつに
たこ焼きのお店があった。
おばあちゃんがひとりでたこ焼きを焼いている。
でも、いつ通りかかっても客の姿はなく、
焼かれているたこ焼きの姿がおいしそうじゃない。

丸くない。
というか、
ぐちゃぐちゃなのだ。

それをうっかり、ある講演の席で雑談に近い対談中に
「きたないたこ焼き」と表現してしまった。
マイクを持ちかえながら一瞬しまったと思い、
講演直後は忘れて、打ち上げの帰路。
急に気になってきだした。

検索してみると、案の定、
聴講していた方のブログがヒットした。
そこにはこう書かれていた。
「きたないおばちゃんが焼くたこ焼きの話が面白かった」。

おばあちゃんが焼くきたないたこ焼き。
きたないおばちゃんが焼くたこ焼き。。。
意味が全然かわっている。

路地にお店を構えてたこ焼きを焼いている、
おばちゃん&おばあちゃんはたくさんいる。
あらぬ問題に発展するのではないか、しばらく眠れなかった。

その後、幸いにも事件や炎上には至らず
誰に批判されることもなく時が過ぎ、
くだんのブログも閉鎖されたが、
批判家や悪意のある方が聞いていたなら
どうなっていただろう?

会話は反射神経でするものだけれど、
発言した言葉は、差し替えることはできない。
ただただ反省しきりのできごとだった。

でも、もっと怖さを感じたのは
テレビ出演のあとのことだった。