医療コラム「その処方、信じて大丈夫?」その①


ある高齢者が夜中に目覚め、トイレに行こうとして転倒。柱に額を打ちつけて負傷した。転倒した前後のことは「何度思い返してみても、何ひとつ思い出せない」という。通院が日常の行事となって以来、とみに「思い出せない」が多くなってきている。お薬手帳を拝借し、さかのぼって調べてみたら、一年近くも前から「ハルシオン」が処方されていた。

ハルシオンは、常飲すると中毒症状をおこす「強烈な睡眠薬」である。

知人のドクターによると、「麻酔や覚醒剤のような作用を脳神経に与え」「睡眠初期に強く作用して」「深夜に覚醒させ」「ふらつき・転倒・健忘・まれに幻覚がある」。自宅でも転倒事故の可能性が高い高齢者にとって、ハルシオンは、とくに注意が必要な「強烈な」睡眠薬なのだ。つまり、「ハルシオンの副作用」による転倒事故だった。

この高齢者は、義母のことである。病院嫌い&薬嫌いの私と違い、昭和ひとケタ生まれの義父母は、病院や医師を心より信じている。ほぼ初対面でかつ3分ほどしか対面していない医師の指示でも、与えられた薬を飲むことに抵抗がない。量も種類も増え続けて、かつ不快な症状がちっとも良くなっていなくても、疑うということもしない。
クッキーの丸い空缶の中にぱんぱんに詰まった様々な薬にゾッとしつつ、納めた税金や社会保障負担金が何を目指して使われているのやら、複雑な気分になってしまった。

睡眠薬であるハルシオンは、急にやめると「さらに眠れなくなる」禁断症状を起こす。義母には、しばらくは薬を割って半量を服用してもらうことにした。
裂けた額の傷口からかなりの出血があったおかげで、大事にはいたらなかった(頭の負傷は出血しない方が怖いらしい)。後期高齢者という年齢を考えると、「今つらい症状」が改善されるなら、何をやってもいい、とも思う。でもそもそも、それほどまでして「夜眠らなければならない理由」がどこにあるのだろう? 出勤も通学もない、隠居した夫婦の二人暮らしなのだ。身体が疲れて眠くなるようなことを昼間にやるのが一番だけれど、眠くなったら眠ればいいし、目が覚めたら起きていればいい。
この転倒のせいで歩けなくなったら、寝たきりになっていたら、それも「薬害」なのではないだろうか。

もう先がないとはいえ、無防備な高齢者に、ずいぶん乱暴で無責任な処方だなあと不審感だけが残った身内の事件。
もちろん、 いいドクターに出会えたら、適切な治療や最良の処方を受けられる。けれど「乱暴で無責任な処方」というのも、残念ながらあるのだ。

この処方は、いったい、義母を幸せにしたといえるのだろうか。

(※文/真柴 マキ 2012年の「薬に関する取材メモ」を改筆)