思えばパワハラ事件、縮んで枯れたコビトを救った桂南光さん

本を出版したり請負制作をしていた大阪時代。
テレビ出演などで露出が増えた反面、
いわれのない陰口ややっかみを受けて、人嫌いになっていた。

精神的に痛んでいたその頃、
ある企業の仕事を納品したあと、
お会いしたこともない部署の男性にひどく値切られて、
「デザイン代ぐらいでガタガタいうな」という
言葉を吐かれた。

世の中には、最低賃金というものがある。
デザイン代ぐらい、といっても、
時給に換算したら1000円にも届かない案件を
仕事として納めた直後のことだ。
衝撃が強すぎて返す言葉もなく、
すっかり縮んで親指ぐらいのコビトになってしまった。
いったい何のために、
夜討ち朝駆けの自営業をしているんだろう?
名の知れた組織に所属する人に見下されるため?
その毒、自分に吐ける?

社会には、悲しいかな
「わけもなくエラそうな人種」が存在するのだ。
立て続けにそんな人種に当たってしまい、
コビトに縮んで枯れていたある日。
当時、扇町の路面一階にあった事務所の窓の向こうから、
落語家でタレントの三代目桂南光さんが歩いてくる姿が見えた。


面識があったので窓越しに手を振ると
ニコッ!と笑顔で帽子を取り、
テレビで見るあのままの笑顔でドアを開けて入ってこられた。
頭をペコリと下げて、
「すんませんなぁ、こないだは…」

落語といえば、徳川時代から続く伝統文化。
男社会で、かつ一門やファミリーという、
バリバリの縦社会なはずである。
それも桂米朝一門の、これほどに有名な落語家が、
辛口の本音トークでも有名な桂南光さんが、
上下の隔たりも壁もなく
フラットに笑顔で接してくださる姿。

覚えていてくださったことも驚きだったが、
パワハラおやじに痛めつけられて傷ついた身に
なんてことない。ほんわかした南光さんとの会話が染みて
目頭が熱くなってきて、ごまかすのに大変だった。

ひょっとしたら
人にエラそうにされたり批判されたりの経験が
比べものにならないほどあるのかもしれない。
自分はそっちの人間にはならない、と
決めた人の態度なのかもしれない。

そんな南光さんの人柄にほんの数分接して
縮んだコビトの魔法がほどけた。
人に受けた傷が、人に癒されたのだ。

やがて季節が過ぎ、
くだんの企業が軽い経営危機に陥り、
抜本的に事業を見直している、と人づてに聞いた。
「デザイン代ぐらい」も捻出できないほどに
火の車で回っていなかったわけだ。
言葉や対人が荒れている会社の業績が上向きのはずがない。
沈んでいる場合ではない。
暴言を吐かれて傷ついている人は
ほかにもたくさんいるはずだから。
「下請けに暴言吐いている暇があったら
ちゃんと経営しなさいよ」と、
心の中で谷底につき落とし、終わりとした。

それ以来、
テレビで南光さんを見かけると
あの日がよみがえって手を振っている。
「え、覚えてへんわ! わし、なんもしてへんで!」と
苦笑いされそうだけれど、
人柄のいい芸術家、というと、
南光さんの、あの日の笑顔が浮かぶ。
私たちもできるだけ
こっちの人間でいたい、と思いながら。

 ※( 文/ 真柴 マキ )