老人ホームの忘れらない企画

有料老人ホームは、今では民間企業による運営が8割を超えているが、
規制緩和で民間が参入し始めた頃のこと。
携わったある企画の提案項目に
「各居室の名称、および居室前のプレート案」というのがあった。

数字だけなんて味気ない。
毎日出入りする部屋の入口なのだから
温かく、高級感もにじませたい。
和風カラー辞典を参考に
各室に「桜」「山吹」「藤」「桃」「萌黄」などと名付け、
それぞれにカラーチップを貼って仕上げた。


それは、思い出すたびに恥ずかしく、浅はかな企画だった。

でもその「浅はかさ」を自覚したのは、
それから数年経ったずっと後のこと。
老人ホームを取材した折だった。

施設長さんによると
「老人ホーム」という所に
「入りたくて入る」ケースは、数えるほどしかない。
ここは私の家ではない、と捉えている方が多く、
できれば他人に入居を知られたくない。
誰だってずっと自分の家にいたいけれど
思うように動けなくなったり、
自力では日常生活が送れなくなってしまったり…
様々な事情により「自宅で暮らす」という行為がむずかしくなって
折り合いをつけながら「仕方なく入る」、
「入れられる」場所でもあるのだ。

ホームの小さな庭園には、
ピンクのバラや紫のポインセチア、
真っ赤なチューリップ等が植わっていた。
眼は高齢になるにつれて、
「藤色」「桜色」「水色」などの薄い色味が識別できず、
いずれも同じ「明るいグレー」にしか見えない、という。

ある入居者の言葉は、
雷に打たれたかのように突き刺さった。

「ここには集合ポストが
201とか、305とか、部屋番号になっていて、
ホームの名前を書かなくても、
番号だけで私に郵便が届くの」

「友達には、ホームに入ったとは言ってなくて、
引っ越ししたって、住所と部屋番号だけ知らせたのよ」

人には、いつまでも
サクラやアオイやモエギではない、
「〇丁目〇番地、〇号室」という住所が、
「自分だけの番号」が必要なのだ。

年の暮れにニュース番組でインタビューを観ていたら
路上生活をしていた男性が
一番つらかったことは「年賀状がこないこと」、
「自分にはもう住所はないんだ、それがきつかった」と答えていた。

あの企画書、あのころ、
なんて浅い仕事をしていたんだろう?
頭で考えて、パソコンに向かって企画をした…気になっていた。
あれは企画ではない、ただの「思い込み」だったのだ。

それから取材執筆の仕事を経て、
いつしか「現場に行って」「自分の眼で見る」ことは
制作上の習慣となった。
パソコンに向かって悩む前に「聞きに行く」、
それがいちばん大切だと思うのだ。

※文:真柴マキ