シナリオの話、面白いドラマは「出だし」から面白い

このドラマ、いったい何の話やねん

シナリオ学校で勉強していたころ、最初の「つかみ」が肝心だと学んだ。ドラマに限らず小説でも、最初の数行、せめて最初の数ページで観客や読者をつかまないと、次へ進んでもらえない。コンクールに出す原稿ならなおさらだ。たとえ数百ページに及ぶ力作でも、最初の数行、数ページでつかめないと、即ボツとなる。

いきなりショッキングなシーンで始まる「張り手型」のドラマがすべて面白いとは限らないが、まぁ「つかみ」としてはOK。スロースタートの「撫で型」でも、「ん?」と思わせる引っ掛かりや、伏線を匂わせるものがいる。状況説明のシーンは必要だが、説明よりも先に「お話が始まってる」と思ってもらえないとダメなのだ。
話が始まってるのやらいないのやら、「これ何の話?」と脱落してしまうドラマがある。最後まで見たところで印象にも残らないし、展開が遅くてダラダラしたものが、途中からテンポアップして面白くなる、ということはまずない。ドラマは葛藤なのだ。やはり出だしから起伏のあるドラマが面白い。

主人公は「出ずっぱり」でいい

たまに、主人公そっちのけで、まるで「これはスピンオフ?」と思うほど、別線で脇役の話が走っているドラマを見受ける。連続長編ドラマでは、話に厚みを持たせるために脇役にもフォーカスする場合もあるが、やり過ぎるとブレる。「誰の話やねん」となって、お話が破綻してしまうのだ。群像劇ならともかく、ドラマの主人公はお話の70~80%以上、何なら100%出ずっぱりぐらいがいい。

 ※( 文 / 福 信行 )