「朝ドラ」はドラマ…なのに「テレビ小説」? 

朝ドラは「ドラマ」なのに、オープニングは「連続テレビ小説」となっている。
調べてみるとそのルーツは、ラジオで朗読していた「連続小説」だった。
説明台詞の多さに納得、「ラジオ小説」なのだ。朝から集中してテレビをみている人はそういないし、用事をしながらラジオのように聞いているだけで展開がわかるように創ってあるのだ。


台詞、と一言でいっても、メディアの特性でいろいろな創り方がある。
説明台詞では、文字通り、台詞で状況を説明させる。映画やテレビドラマではよく耳にするし、楳図かずおさんの恐怖マンガではこんな風に多用されている。


〇 公園の入り口


ミツヨ「あらこんにちは、鈴木さんと吉田さん」
トモエ「あら、隣のクラスの学級委員のミツヨさん、こんにちは」


会話としては、明らかにとても違和感がある。「隣のクラスの学級委員の」…なんて説明しながら挨拶する人はいない。でも「こんにちは」だけで進めると「その人、誰?」と視聴者が置いてけぼりになってしまうのだ。

ラジオ小説を妄想してみた。

〇 冬休み、商店街の金物屋


SE ガラガラ(戸があく音)

ヨシミ「山口のおばさん、こんにちは」

ナオコ「あら、三崎さんとこのよっちゃん、ひさしぶりだねえ!
昨年の春以来じゃないかい!」

ヨシミ「おととい帰ってきたんです。
娘の就職が、やっとこっちに決まって」

ナオコ「ご主人のお兄さん、突然で大変だったねえ。
そういやぁ、おばさんの話はどうなったんだい?
あの、事故の後の、東北行きの…」



なんだか朝ドラっぽくなってきた。
ただ、いくら説明台詞といっても、ミステリー界の巨匠・横溝正史作品の「悪魔の手鞠唄」のように、主要登場人物があまりに多いと多用はできない。「三崎さんとこの次男の奥さんの連れ子のよっちゃん、久しぶりだねえ!」…なんて、説明されたほうが混乱してしまう。朝ドラにするなら、原作の登場人物をざっくり割愛して書き直すか、ナレーションの出番である。

余談だが、横溝正史作品にはやたらと複雑な家系図の一族が登場する。
本で読んでいても混乱するが、この作家が生まれ育った家庭自体が、連れ子のいる両親の再婚と再再婚で「複雑な大家族」だったそうだ。